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東京高等裁判所 昭和40年(行コ)16号 判決 1965年10月13日

控訴人(原告) 大栄プラスチックス株式会社

被控訴人(被告) 横浜南税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人が控訴人に対しいずれも昭和三七年五月三一日付をもつてなした(イ)昭和三三年七月一日から昭和三四年六月三〇日までの事業年度の所得金額を九四万三〇〇〇円とした上、差引法人税額を三一万一一九〇円過少申告加算税額を一万五五五〇円とする、(ロ)昭和三四年七月一日から昭和三五年六月三〇日までの事業年度の所得金額を二九二万四八〇〇円とした上、差引法人税額を一〇六万〇三六〇円、過少申告加算税額を五万三〇〇〇円とする、(ハ)昭和三五年七月一日から昭和三六年六月三〇日までの事業年度の所得金額を二六〇万八九〇〇円とした上、差引法人税額を六七万八一四〇円、過少申告加算税額を三万三九〇〇円とする各更正処分をいずれも取消す、訴訟費用は被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は次に記載するほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴代理人の主張)

「一、法人税法は法人すなわち商行為による利益追求を目的とする事業体を対象とした税法であり、それが当然に予定し目的とすることは商行為による利益を対象としたものであることは明瞭であつて、本件の如く、犯罪を原因とする損害賠償請求権を益金として計上することは予定していないものと解すべきである。唯単に私法上の請求権たる点において両者同一であるということをもつて法人税法上同一視することは許されず、法の趣旨から益金なりや損金なりやを判断すべきものと思料する次第である。

両者の差異を当該企業体から見てみると、

(1)  商行為による利益は、その請求権の実現の時期が当該企業体において一応確定せられる結果、益金につき発生主義を採るも企業体としては徴税につき対処し得るものであるが、犯罪行為による企業体の利益流出に対応する損害賠償請求権はその実現性の時期も全く不明で発生主義によるときは徴税に対処し得ないものである。

(2)  犯罪行為により流出する企業財産は将来において実現する予定利益(未収益金の流出)ではなく、一般に、企業体に現に存する実質的な財産(物権)の流出であつて、この現存財産が犯罪を原因とする損害賠償請求権という実現性(履行の確実度)の薄い請求権に転化するのである。かかる特性を有する損害賠償請求権に対し、なお、私法上の請求権であるという平面的な解釈から発生主義を採り、益金として課税の対象とすることは法の予定せざる処といわざるを得ない。

そもそも課税は原則的には現実に取得した利益に対するものであつて、発生主義は単に課税の都合上の安易かつ便宜的な方法にすぎないからである。

二、被控訴人が過少申告加算税を課したことは憲法第三〇条に違反するものであるとの主張を加える。けだし、控訴会社自体としては東間(現姓川澄)幸男の会社財産横領の事実の一部を昭和三六年三月頃に至つて始めて知り、その全体を知つたのは同年五、六月頃であるから、当該各事業年度には横領金額に相応する利益が計上されたことを知らなかつたものであつて、この旨申告し得ないことは当然というべく(納税適状にない)、これに対し制裁的な過少申告加算税を課することは憲法第三〇条に反すること明らかだからである。」

(被控訴代理人の主張)

「控訴人の憲法第三〇条に反する旨の主張は、それ自体やや趣旨不明であるが、要するに、「控訴会社が、訴外東間幸男による会社財産横領の事実を知つたのは、昭和三六年三月に一部、全部を知つたのは五、六月であつた。従つて控訴会社の第一ないし第三事業年度の法人税の各確定申告において結果的に過少申告をするに至つたのは、昭和三七年法律第六七号による改正前の法人税法第四三条第一項にいう「正当な事由があると認めるとき」に該当するものであるから、被控訴人が前記各事業年度について過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したのは違法である」というもののようである。

しかしながら、右訴外東間は単なる経理係社員ではなく(この場合でも右横領事実を糊塗するため架空経費を計上していたのであるから、監督を尽していたならば簡単に発見されていたはずであり、右正当な事由があると認められる場合には該当しないことは明らかである)、控訴会社代表取締役として会社業務を統括していたものであり、かつ経理会計を担当していたものである(甲第一号証)。自然人の場合と異なり、法人について右正当な事由の有無は、当該法人の権限ある機関について判断されるべきものであるところ、本件については控訴会社代表取締役自身横領行為をなしたものであり、右正当事由の認められぬことは明らかであるから、控訴会社について右正当事由の認められぬことも明白であるといわねばならない。

したがつて控訴人の主張は理由がない。」

理由

控訴会社が昭和三三年七月一日から昭和三四年六月三〇日までの事業年度(以下第一事業年度という)、昭和三四年七月一日から昭和三五年六月三〇日までの事業年度(以下第二事業年度という)、昭和三五年七月一日から昭和三六年六月三〇日までの事業年度(以下第三事業年度という)の各法人税法に基く確定申告につき、第一事業年度については九万六〇六一円の欠損が、第二事業年度については二三万七一一八円の欠損が、第三事業年度については四三万二七七〇円の所得があつたものとしてそれぞれ申告したところ、被控訴人が昭和三七年五月三一日付をもつて控訴会社に対し、(イ)第一事業年度につき所得金額を九四万三〇〇〇円、差引法人税額を三一万一一九〇円、過少申告加算税額を一万五五五〇円、(ロ)第二事業年度につき所得金額を二九二万四八〇〇円、差引法人税額を一〇六万〇三六〇円、過少申告加算税額を五万三〇〇〇円、(ハ)第三事業年度につき所得金額を二六〇万八九〇〇円、差引法人税額を六七万八一四〇円、過少申告加算税額を三万三九〇〇円とする更正処分をなしたことは当事者間に争がない。

そして控訴会社は、被控訴人のなした右更正は、控訴会社の会計担当役員であつた東間(現姓川澄)幸雄の第一事業年度から第三事業年度に亘る合計約五五〇万円に達する横領金に相当する金額を益金として計上すべきであるとの見解に基くものであると主張するが、一方被控訴人は、右更正は、(イ)第一事業年度については、(a)控訴会社の申告欠損金額九万六〇六一円に対し、(b)合計一〇三万九一五〇円の経費否認に基き、(ロ)第二事業年度については、(a)控訴会社の申告欠損金額二三万七一一八円に対し、(b)合計三一一万四四三七円の経費否認、(c)一一万八〇〇〇円の役員賞与否認、(d)七万〇四四〇円の前期分事業税認定損に基き、(ハ)第三事業年度については、(a)控訴会社の申告所得金額四三万二七七〇円に対し、(b)合計二〇五万〇二〇〇円の経費の否認、(c)合計六万九七三〇円の源泉徴収所得税延滞加算税、地方税延滞加算税、法人の県市民税の損金計上否認、(d)三四万二一〇〇円の役員賞与否認、(e)二八万五八八〇円の前期分事業税認定損に基きそれぞれ前記の各所得金額を算定したものであつて、このうち東間幸雄の横領に関係あるものは各経費否認であると主張するのであり、右当事者双方の主張その他本件口頭弁論の全趣旨によれば、正確には右被控訴人主張のとおりであること、及び、東間幸雄は書類作成にあたり横領金額相当の架空経費を計上し、これがため控訴会社はこれを経費として損金に算入し確定申告をなし、被控訴人は右架空経費につき損金算入を否認したものであることを認めることができ、そして前記否認金額中各役員賞与否認並びに前記各税金の損金計上否認の点については、弁論の全趣旨に徴し、控訴会社は正当であることを争わないものと認められるから、東間幸雄の横領に関係する各経費否認の当否について判断する。

控訴会社は、右東間幸雄の横領は昭和三六年三月に至り発覚したものであるから、その発覚した事業年度においてはじめて横領金額に相当する金額を益金として計上するか、又は、これを横領の犯罪が発生した各事業年度の益金とするならば、横領金自体を損金として計上し、控訴会社においてその横領金を回収したときはこれを回収した事業年度の雑収益金とすべきであつて、犯罪の発生した各事業年度に横領金額に相当する益金を計上しながら横領金を損金と認めなかつた被控訴人の処分は不当であると主張する。しかし、横領金は書類上これに相当する経費の記載があつても、右は架空経費であつて、横領金が経費とされる理由はないのであるから、被控訴人のなした経費否認は極めて当然であり、そして横領金自体については、被控訴人は控訴会社の東間幸雄に対する仮払金として処理し何ら損益に算入しなかつたことは被控訴人の主張自体によつて明らかであるが、これを損金に算入するとすれば、控訴会社は東間幸雄に対し同額の損害賠償請求権を有するのであるから、これを益金に算入すべきであつて、その結果控訴会社の所得金額は東間幸雄の横領金については何らこれを損益に算入しない場合と変らないことは正に被控訴人の主張するとおりである。

この点に関し控訴会社は更に前記のような主張の根拠として、横領の如き犯罪行為によつて発生する損害賠償請求権は、企業の営業目的である商行為から発生する請求権とは根本的に異り、税法も亦これを予想していないのであるから、商行為に基く債権と同列において、いわゆる所得の発生主義により益金に算入することは誤りである、横領をなした者は通常金銭に窮した揚句そのような犯罪行為に及ぶのであるから、かかる者に弁償能力ありと見るのは無理であり、現に東間幸雄は昭和三七年五月一五日横浜地方裁判所において懲役四年に処せられ、その後右刑は確定して現在服役中であり、しかも弁償の意思なき旨を言明している次第であるから、かかる犯罪行為に基く損害賠償請求権を益金に計上すべきものではない、個人の所得については所得税法により盗難等による損害に対し雑損控除が認められるのに対し、法人の場合横領金を損金に算入しないことは権衡を失する、横領金に相当する金額をその犯罪発見より以前の事業年度の益金に計上して申告することは不可能であつて、これを益金に算入することは法人税法の申告納税制度と矛盾する、控訴会社の場合のように多額の金員を横領された上更にこれに対する税金を課せられることになると、二重の損失を受けて倒産を招き、かような事態を避けるため横領を不問に付する実例すらあり、犯罪を助長する結果となる等の理由を挙げる。

しかし、法人税法は昭和四〇年三月三一日の全文改正の前後を通じて、これが施行規則ないし施行令等の規定と相まち、所得の計算につきいわゆる発生主義を採用し、特段の規定がない限り損益の発生は権利義務の実行のときとせずその発生のときとしているものと明らかに解せられるから、犯罪行為に基く損害賠償請求権についても、特に異る取扱をする旨の規定が存しない以上は、商行為に基く債権と同様その発生をもつて資産の取得とするのが当然である。もしも控訴人が主張するように商行為に基く債権と異るとの理由でこれを益金に算入すべからざるものとするならば、同様に商行為とは関係のない犯罪行為による損害自体も亦損金に算入すべからざるものとすべきであつて、控訴人主張は片手落ちであるとの譏りを免れない。一方右の理由からすれば、被控訴人が処理した如く、犯罪行為による損害とこれに対応する損害賠償請求権のいずれをも損益に算入しない方法も亦、法人税法並びに関係法令にこれに反する規定の存しない以上は、是認されるものと解すべきであるが、横領による現金の流出がある以上は、企業経営の実態把握を目的とする企業会計上の要請からすれば、むしろ犯罪による被害とこれによる損害賠償請求権とは共に損益に算入してその内容を明記するのが順当であり、法人税法による所得の計算にあたつてもこれに一致せしめるほうがより勝るものということができよう。要するに、犯罪による損害とこれによる損害賠償請求権の双方を損益に算入しないことは差支ないが、右損害を損金に算入したときは、損害賠償請求権を益金に算入すべきであつて、損害を損金に算入しながら損害賠償請求権を益金に算入しないことは許されないものといわなければならない。なお右のいずれの方法をとるとしても、犯罪行為による損害については、貸倒れと同様に、その回収の見込がないと認められるに至つたときは、これを損金に算入し得ることは疑がない。そして、企業の経営者は健全な企業経営が行われるためのみならず、完全な納税義務を果すためにも、収益の不当な流出を防止することに努めなければならないことはいうまでもないところ、もしも横領等の犯罪行為による損害につき直ちにこれを損金に算入し、一方これに対応する損害賠償請求権を益金に算入しないというが如き解釈がとられるとすると、犯罪行為に原因して国の税収入が減ずるという不当な結果を来たすばかりでなく、被害が課税に際し実質上緩和されることとなつて、企業経営者の犯罪防止に対する努力が鈍り、犯罪行為が助長される結果となることは必至であり、この点からいつても控訴人の主張するような見解は到底採用できない。控訴人は所得税法との権衡の点を主張するけれども、所得税法が所得の計算につき現実の収入を基本とするいわゆる現金主義を採用しているのは、個人の消費生活を考慮した課税を行うためであり、改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号)第一一条の四の規定、改正後の所得税法(昭和四〇年法律第三三号)第七二条の規定が盗難、横領等の被害について雑損控除を認めているのもそのためであると解されるのであるが、法人税法がいわゆる発生主義を採るのは、法人企業にあつては現金収入を基本として所得を計算し課税するよりは、企業の実質的な収益を計算してこれに対し課税するほうが、収益に見あつた適正な課税ができるためであるから、もともと法人税と所得税との権衡を云々するのはあたらず、また、法人自体は個人のような消費生活を営まず法人企業は個人の消費生活とも直接の関係がないから、不測の災害に対する課税上の考慮を払う必要性が少いといい得るのであり、そして、損害の回収が実現されずそのために納税ができない場合においては、国税通則法第四六条第二項及び第七項により税務署長に対して納税の猶予を申請することもできると解され、徴税面において考慮が払われていないわけではないのであるから、所得税法の規定との権衡や、横領金の回収困難の点を理由とする控訴人の主張も亦当を得ない。また横領金に相当する金額を犯罪発見より以前の事業年度の益金に計上することは不可能であつて申告納税制度と矛盾するとの主張については、法人税法は、たしかに申告納税を原則としているのではあるが、更に修正申告、更正等の手続を定めて課税標準たる所得の正確な計算並びに納税義務の完全な履行が行われることを期しているのであるから、控訴人の右主張は到底是認できない。更に控訴人は多額の金員を横領された上更にこれに対し課税されると二重の損失を受けるというが、企業が横領の犯罪行為によつて損失を蒙るのは課税とは何らの関係もなく、課税については加算税を除いては横領行為がなくても当然課せられるものであるから、二重の損失というのは当らないし、加算税については後述するとおり決して不当な課税とはいえない。また控訴人の主張するとおり倒産の事態を避けるため横領を不問に付する事例があるとしても、そのようなことは到底正当な行為とはいえないから、そのような事例を引いて課税が不当であるとの根拠とすることはできず、却つて横領金を損金に算入しこれによる損害賠償請求権を益金に算入しないことこそ犯罪行為を助長する結果となると考えられること前述のとおりである。よつて控訴人の主張するような理由はすべて控訴人の主張を裏付ける根拠となるとは解し得ない。

次に控訴人は本件の如き場合、過少申告加算税を課することは憲法第三〇条に違反すると主張する。しかし、法人税法(昭和四〇年三月三一日法律第三四号によつて全面的に改正される以前の昭和二二年法律第二八号)第四三条(昭和三七年四月二日法律第六七号国税通則法の施行等に伴う関係法令の整備等に関する法律により改正される以前の規定、なお国税通則法第六五条第六六条に同趣旨の規定が置かれるに至つたが、同法付則第九条によつて本件の場合は右法人税法の規定が適用される)の規定する過少申告加算税は、申告納税の実を挙げるため制裁的な意味で本来の税金に付加して課するものであるが、税率もさしたる率ではなく、しかも右法人税法第四三条第一項、法人税法施行規則(昭和四〇年三月三一日政令第九七号法人税法施行令によつて全面的に改正される以前の昭和二二年勅令第一一一号)第三六条所定のとおり、当初法人税額の計算の基礎とされなかつたことについて正当な事由があると認められるものについてはその事実に基く税額が控除されるのであるから、決して不当に重い課税ではなく、右法人税法第四三条の規定が憲法第三〇条に違反すると解する理由はなく、そして成立に争のない甲第一号証によると、東間幸雄は控訴会社の営業、経理会計を担当していたばかりでなく、その代表取締役でさえあつたことが明らかであるから、同人の計上した架空経費が当初の申告に際し損金に算入されたことは到底正当事由に基くものとはいえず、被控訴人のなした更正処分が右憲法の規定に違反するということもできない。

してみれば本件更正処分はすべて正当なものと認められるから、これが取消を求める控訴人の本訴請求は失当であつて、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却し、控訴費用の負担について同法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 福島逸雄 今村三郎)

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